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君逝きて

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昨年亡くなった叔母の一周忌が近づいてきた

叔父はウィキペディアに載るくらい有名な国語学者なのだが
四十九日が終った後に追悼短歌集を
惜しげもなく私達親族に感謝の気持ちとして送ってくれた

叔母が生前つくったたくさんの俳句も
家族詠が選出され俳句に不慣れな私達のために
従兄弟の解説文がつけられ同封されていた

言葉の芸術という形で残された
叔父や叔母の心情を味わい
その抽象化された切味の良さや
美しさにも感動したが

この短歌や俳句によって
新しく始まった私と従兄弟たちの関係や

読むことで形作られ発酵している
私の心の中の新しい何かを発見し

人は亡くなることで
新たなものを作りだし
そして生き続けるのだと感じた

叔母が亡くなったのは中秋の名月の日

そして子規の亡くなった「糸瓜忌」でもある
9月19日だった





長文ですが下記に全文掲載しましたので
ご興味のある方だけどうぞ。

昨夜の激しい雨風が音楽となり
一心不乱にパソコンに打ち込むことができました


*******************************************************


君逝きて  山口尭二

<最期のしをり>

九月十九日の夜更け悲しくも妻は俄にこの世を去りにけり

台風の荒れて明けぬる十六日門辺を掃くに病魔襲ひき

ただならぬ変調しるく戻りきて程へて遂に倒れたりしか

崩れんとしける君が身抱へしに頭(かしら)はおもく床音立てぬ

娘まだ家にをりしに急を告げ救急車をと電話かけたり

「くも膜下出血」とこそ聞きにけれ雷(らい)の直撃受けしごとしや

予想だにせざる手術を受けしかな鵙(もず)が頻りにたけり鳴きけり

脳動脈瘤といふものいできたり危機は密かに迫りけるなり

心なき風が命を縮めしか君は病に気づかざりしか

掃除中なりけん破裂最初にて倒れし折が二度目なるらし

断層写真白く見えけり腫れひどく血液なかに通はずといふ

脳死とは言はれどそれに近しとぞ医師はつれなく言ひにけるかな

脳機能失せぬとならばときすでに妻の命は半ば失せけん

ことにより延ばしも得んと医師は言へどかかる苦痛をいかで延ばすさむ

減りゆける数値はやがて澪となり医師の告げらく午後十時四十四分

「病院にいかんと…」といふが最後にて意識失ひもどらざりけり

八十にならばともせむかくもなど言ひをりけるに悔しかりけん

こと切れてもとの顔だち戻りけり容儀整へ眠るごとしや

娘ありてその手で母に化粧せりやや安らげる妻のかほばせ

妻に添ひ家に戻りて寝かせけり常の座敷の冷ゆる夜かな

葬礼の遺影写真を選びけり用意なければよきは少なし

この八月北海道の旅路にて孫の撮りしを遺影となしぬ

通夜せむとその会場へ出向きゆく名残尽きじと思ひやりつ

通夜の宵答礼せむと立ちけるに折しも涙あふれくるかな

葬礼の祝詞は長くこまやかに妻が来し方たどり呉れけり

会葬の挨拶しける末息子遺影の出自まづ明しけり

祭壇の花もて棺うづめけりさながら花の精となりぬる

水引草庭に咲けるを子は採りて母が好むと手向けたりけり

ありがとう…言はむとすれどわが涙溢れやせむと声にいだせず

君がうまれ昭和十年弥生なり享年七十八となりぬる


<誠子追悼>

君逝きて心はちぢに揺らぎけり胸に風穴あきにけるかな

夫より妻立つはあらめどもかくも急とは予想せざりき

死はかねて後ろに迫りゐるなりと古人の言ふはかかることかな
(「徒然草」第百五十五段による。「死は前よりしもきたらず、かねてうしろに迫れり」とある。)

願はくは残りてわれを見取れよと思ひきにしに叶はざりけり

現身(うつせみ)のわが身うつろになりぬるかそぞろ透きゆく秋の風かな

秋風は身を吹き抜くも良かりなん君が気配を伝え呉れなば

五十余年ともに歩みし連れ合いの君が先立ち利心(とごころ)もなし

君去りてわれは寄りどをなくしけり心ならずも滅入りがちにて

夕暮れて屋うち暗きに気づきけり灯はともせしになほも小暗し(をぐらし)

ありし日は君を中らの円居(まどゐ)にて事も無げにて過ごしけるかな

十五夜の夜更けに妻は逝きにけり月に魅せられ家路忘るや

月見むと家遠からぬ宇治川の土手歩みしも昨日のごとし

十三夜月をば母に見せむとて子が窓放ち夜気が入りきぬ

雲隠れするとも月はまたいでん月にあやかり夢になりとも

食物学専攻なりきその方の講義はげみて心足らへり

風邪の熱ありとて急に休めずと出かけてわれに気をば揉ませぬ

実習に備えそろへし大量の食材無駄になるを気にせり

介護福祉士養成講座流行りゐて府下の各地へ遍く行きぬ

タオル干す鍋に火をなど留守中の注意書きおき出かけをりけり

無駄を省き家事も手早くありければ我が出る幕は乏しかりしよ

かにかくに君が蔭にて過ごしきぬもしもかこたば罰や当たらん

結ばれてともに過ぎこし君なれば心はかつて離れざるなり

病にはうるさき方の君なるに寿命といふはかかることをや

過ぎきしは早くもすでに五十余年夢の如くの月日なりけり

忙中の閑(かん)を見つけて旅をせり国の名所の見ぬは少なし

思ひきや知床岬めぐりつつ君が最後の旅にならんと

子らを訪ね子らの通訳たよりつつ異国の旅も重ねきにけり

旅行せむいつごろならば良からんと誘ふはいつも君なりしかな

吾にせばよくも外つ国(とつくに)まで飛びぬ君誘はずは行きしや否や

おほかたの旅は楽しく過ごしけり辛き目を見しこともありしが

君が腕蜂に刺されし角館(かくのだて)熱を冒せる帰国の機中
(近くの診療所で応急処置を受く。発熱はインド・バングラデシュ旅行の帰り)

健脚といはん程にはあらねども山歩きせむの意気も合いけり

石鎚や今日には比叡愛宕山出羽の月山みな登頂す

月山を湯殿山へとくだりゆく断崖あまた危ふかりけり

「嵯峨野」俳誌同人にてぞ勤しみぬあまた句友に出合うひけるかな

わが前に句案携へいかがとてわが反応も試みにけり

教壇で鍛へし声はよく通り大会の披講頼まれをりぬ
(句会の席上で選句を読み上げるを「披講(ひこう)」といふ。)

鹿児島の紫原(むらさきばる)の縁(えにし)にて親しき仲間つどひをりしに

幼かりしころのことどもよくおぼえ語れば長き話となりぬ

思ひしは仕舞ひもおかずわが顔をみればせはしく聞かせをりしよ

君の声われは聴くのみにて済みぬときにはうはのそらに聞きしが

野辺ゆけば曼珠沙華(まんじゅしゃげ)咲き稲黄ばむ君がありせば目をば細めむ

曼珠沙華咲けるを見れば何よりも君と過ごせる日々がよぎらん

子は三人産みて宝を育てきぬ君が呉れたる家の幸せ

日に月に子らは育てり子ら故に一喜一憂ともにせしかな

魂(たま)きはる命の際の極みまでしかとありけり吾の伴侶は

連れ合いに君とふ支へありてこそ吾もわが道歩み来れけり

真白なる門辺の芙蓉咲き継ぎぬ汝(な)が立ち姿浮かびくるかな

悲しみはやがて消えなむわが胸の君の面影などか薄れむ

天つそら君はいづこに向かうらむ やよ風神も心して吹け

****************************************************

おばあちゃんの俳句 俳句 山口誠子  選・解説 山口哲夫

おばあちゃんの俳句は、俳誌「嵯峨野」や山口家で僕にとって祖父にあたる
頼一が編集した「としつき」に出ています。しかし、俳句をやっていない人が
目を通すのはとても骨が折れます。そこで、家族のことを詠んだ句を中心に
それ以外でも本当に良い句だなあと思う物を加えて選び、分かりやすい解説を
付けてみました。

● 母と子のスキップ春の野が揺れる
(聡の子供時代を詠んだ句。まだ俳句を始めたばかりの頃の初々しい素直な句)

● 夕鵙に白墨の手を洗ひけり
(夕鵙は夕方の鵙。「鵙」は秋にキキキキッと鋭い声で鳴く肉食の、高い所に
とまるのが好きな小鳥で、秋の季語。教師生活を詠んだ句で、一日の授業を
終えて白墨の付いた手を洗っている所)

● 大嚔皆が笑ひぬ夜の授業
(「嚔(くさめ)」はくしゃみのことで、冬の季語。定時制の夜の授業の
ユーモラスな場面)

● 嫁がせし夜よりにはかに冬めきぬ
(「冬めく」は冬らしくなること。博子が結婚し、にぎやかな娘が出て行った
家は、急に冬らしく感じられた)

● 大寒の気を貫きて呱呱の声
(「大寒」は一月末から二月初め頃の、一年で一番寒い時期のことで冬の季語。
「呱呱(ここ)」はおぎゃあおぎゃあという赤ちゃんの泣き声。初孫武蔵の誕生。

● 母となりし子の枕辺に冬日差す
(武蔵出産後の博子)

● みどり子の帽子ま深に初詣
(「みどり子」は赤ちゃんの事。みっちゃんの赤ん坊の頃。)

● 膝に抱く子のあたたかや十三夜
(「十三夜」は陰暦(月を基準にした日本古来の暦)で九月十三日の月の夜のこと。
今の暦では十月ごろ。仲秋の名月と合わせてこの十三夜(新月から十三夜目)の
月をめでる風習がある。秋の季語。みっちゃんの赤ん坊の頃の句。

● 風鈴の幼二人を眠らせて
(「風鈴」は夏の季語。泣いてぐずる子も風鈴に気を取られているうちに静かになって
眠ってしまった。)

● 遠眼して風の音聞く離れ鹿
(奈良公園の飛火野だろうか。鹿の群れから一頭離れてぽつんと坐っている鹿がいる。
作者は「遠くを見ているような眼だ」と思った。鹿は草食獣なので、身体はじっと
していても耳音向きをひんぱんに変えて周囲を警戒している。それを作者は女性らしい
繊細な感性で「風の音を聞いているのだ」と思った。「鹿」は秋の季語。鹿を通して
秋風が描かれた。

● この世ともつかず落花の中に坐す
(「落花」は散る桜のことで春の季語。散る桜の中に坐っているうちに、自分がこの世に
いるのかあの世にいるのか分からないような不思議な気持ちになった。講談社の
「カラー版新日本大歳時記」に載った句。「歳時記」は俳句の季語の解説とその季語で
詠まれた優れた俳句を集めた本。

● 春の小川兄跳び越せばいもうとも
(武蔵と通乃の子供時代)

● 氷菓子すぐ仲直る兄いもと
(「氷菓子」はアイスキャンデーやアイスクリームのことで夏の季語。武蔵と通乃の
子供時代で、けんかの後氷菓子を食べて仲直りしているところ。)

● 大嚔またも赤子を泣かせけり
(「嚔(くさめ)」はくちゃみのことで、冬の季語。赤ん坊のゆきのちゃんが
おばあちゃんのくしゃみでびっくりして泣いてしまったのだろう)

● 露地を掃く音に力や朝の鵙
(「露地」は「路地」とも書き、本通りから入り込んだ家と家の間の狭い通り道。「鵙
(もず)」は秋の季語。朝鵙が鳴く頃になると、夏の暑さや秋の初めの残暑(秋になって
からの暑さ)でばてていた体も力がよみがえり、道を掃く音にも表れる。)

● 月出づと吾を呼ぶ夫の照らされて
(「月」は秋の季語。「吾(あ)」は自分のこと。「夫(つま)」は夫のこと。少しも
技巧(技術が巧みなこと)は無く素直に夫婦の情愛を詠んだ良い句だと思う)

● 金剛山良く見ゆる日やほととぎす
(金剛山は大阪府最高峰で、良く晴れた日は高槻からも見える。「ほととぎす」は
初夏の頃「テッペンカケタカ」と鳴く鳥で、夏の季語。

● 十人の雑煮餅焼く厨かな
(「雑煮餅」はお雑煮に入れるお餅のことで、新年の季語。「厨(くりや)」は台所のこと。
子や孫が全員集まったにぎやかなお正月。)

● 行くほどに雪深まりぬ毘沙門天
(「雪」は冬の季語。「毘沙門天」は仏教の守護神でここでは本山寺の本尊。大雪が積もり
皆で雪だるまを作った本山寺の初詣。)

● 背の丈を父と張り合ふ入学子
(武蔵と融さんの背比べ。「入学」は春の季語。)

● 空蝉に耳なきことを言ふ子かな
(「空蝉(うつせみ)」は、蝉の抜け殻で、夏の季語。幼児に蝉の抜け殻を見せて、「これが
蝉の抜け殻だよ。」と教えた「耳が無い」と言った。幼児の思いがけない言葉で新鮮な目が
開かれる思いがした。おばあちゃんが「ゆきのちゃんが面白いことを言った」と話していた。

● 青嵐視野をはみ出す大櫟
(「青嵐(あおあらし)は青葉の茂る頃に吹くやや強い風で、夏の季語。ここで詠まれている
「櫟(くぬぎ)」は庭の真正面に立っている、裏藪で一番大きな木だ。おばあちゃんは高槻に
引っ越して来てから
大櫟あふるる如く芽吹きけり
まんまるき月に櫟の芽吹きかな
鎮もりて月出る前の大櫟
枝先の重き櫟ぶ秋の風
櫟散り遠山窓にもどりけり
きのふより寒し櫟の中の星
と、この櫟を俳句に読み続けていた。
櫟の落ち葉を掃くのは、毎年音おばあちゃんの仕事だった。倒れた日も、台風で落ちた櫟の
葉を掃いていた。

● かけ回る足音やがて初泣に
(「初泣(はつなき)」は新年になってはじめて泣くことで、新年の季語。ゆきのちゃんが
どたどたと走る音がしていたと思ったら、大泣きの声に変わった。転ぶか何かにぶつかる
かしたのだろう。)

● 母の日のしるし嫁より娘より
(「母の日」は夏の季語。美保子さんと博子からそれぞれに贈り物。)

● 子ら去って金魚一匹のこりけり
(「金魚」は夏の季語。うちにいた金魚は、みっちゃんが高槻祭で持ち帰った黒い出目金で
五年近くまで生きていた。賑やかな子供たちが去り、金魚を含め無口な者ばかりの家になった)

● 孫と住む暮らしに馴れておでん炊く
(「おでん」は冬の季語。武蔵が高校時代、実家から通った頃の句。)

● 外つ国へ旅立つ今朝の雑煮かな
(「外つ国(とつくに)」は外国の事。今日バングラデシュへ帰るみっちゃんにお雑煮を作って
いるところ)

● 初空へ力の限り鐘鳴らす
(「初空(はつぞら)」は元旦の空のことで、新年の季語。神峯山寺の初詣。武蔵や融さんが力
まかせに金を撞いたところ)

● 故郷より遷せる祖霊いわし雲
(「祖霊(それい)」は先祖の霊。「いわし雲」は秋にみられるうろこのような雲がたくさん
連なった雲で、秋の季語。しまなみ海道を通り、先祖のお骨を高槻に移すためにおじいちゃんと
おばあちゃんの故郷、愛媛県の松山に旅をした。松山のお墓で秋の蚊が襲来した。

● 宿題の石見つくろふ水遊び
(「水遊び」は夏の季語。ゆきのちゃんの石を集める宿題のために一緒に芥川に行った時の句。)

● また一年たちしと思ふ花見かな
(「花見」は春の季語。毎年のように行っていた摂津峡さくら公園の花見だろう。)

● 子に孫に手仕事分つ年用意
(「年用意(としようい)」は年末にお節料理を作ったり家や周りの掃除をしたりして、お正月
の準備をすることで、冬の季語)

● 海彼の子待ちて備ふる炬燵かな
(「炬燵(こたつ)」は冬の季語。「海彼(かいひ)」は海外のこと。みっちゃんが冬休みに
アメリカから帰るのを待ち遠しく思いながら、こたつを出して来て準備しているところ。
大手の俳句雑誌に優れた句として選ばれた作品)

● 肘張つて大鍋磨く梅雨晴間
(「梅雨晴間(つゆばれま)」は梅雨の間にすがすがしく晴れることで夏の季語。「肘張って」
と身体の動作を具体的に述べたことで、忙しく元気に働いている様子がいきいきと表現された。
しっかり者の人柄までもにじみ出ているようだ。

● ある限りどんぐり拾ふ気なりけり
(バス通りから家の脇の道に入って林に突き当たった場所には、いろいろなどんぐりが落ちている。
まん丸く大きなのは、庭の正面の大きな櫟の木の実。細長いのは椎の木の実。ずんぐりむっくり
しているのは小楢の木の実。そこにゆきのちゃんとどんぐりを拾いに行った。ゆきのちゃんが
夢中になっていつまでも拾いやめない。

● 新しき畳匂へる良夜かな
「(良夜(りょうや)」とは中秋の名月の夜の事。「中秋の名月」とは、九月中ごろの一年で
一番美しい満月のこと。秋の季語。畳に入れかえをしたばかりの部屋から中秋の名月を見ている。
部屋には秋の済んだ空気が入ってきて、畳の上には月の光がさし、新しい畳の良い香りがする。
主婦として一つの仕事をなし終えた満足感と、今日からは新しい畳で寝られるといううれしさで
気持ちまでも澄んでくるようだ。名月の句は、毎年のように家や近所の芥川べりなどで詠んでいた。

土手を行く人の絶えたる良夜かな (名月を見に近所の芥川の堤まで歩きに出た)
外つ国の子には時差ある月見かな (月見をしながらみっちゃんは今ごろどうしているかなと思った)
告げもせずそぞろに出でし無月かな(「そぞろ」は何という理由もないこと。「無月」は空が曇って
名月が見えない事で秋の季語。亡くなったのも中秋の名月の夜だった)
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